Columbia University Japanese Language Program

2008 Sakubun Contest

2008年一年生作文コンテスト結果発表

第1位 スー・ジュー (Su Zhu) 「わたしのそふ」

第2位 シンティン・リン (Shing-Ting Lin) 「わすれられない思い出--阿里山にのぼったこと」

第3位 ジャッキー・アン (Jackie Ahn) 「歌を歌う」

入賞 オリビヤ・シー (Olivia Shih) 「ほしいせいかつ」

入賞 ダニエル・デシモーヌ (Daniel De Simone) 「Big Mike vs. Big Boss Osaka」


第1位 スー・ジュー (Su Zhu)「わたしのそふ」

 私のそふはしんせつで、おもしろくて、有名な画家でした。名前は “ 董寿平” です。子供の時、私はそふとよくあそんだり、話したり、しました。私は五歳の時、そふは九十歳!としをとっていて、有名なろうじんですが、私と話す時は、いつも時間がありました。中国の話がたくさんありましたから、毎週私はそふのうちへ会いに行きました。そふは十年ぐらいお寺に住んでいました。第二じせかいたいせん の時、国をてつだいたかったから、日本語をならいました。
  そしてそふは画の 描きかた をおしえてくれました。木や山を描くのが上手でした。とてもきれいな木の絵でも、二十分しかかかりませんでした!私は絵を描くのが上手じゃありませんでしたが、そふはいつも “ hen hao” と言いました。 中国で “ とてもいい” といういみ です。そふはいい先生でしたから、私はあまり下手じゃなくなりました。でも、まだまだでした。
  十年前にそふは桜の絵を描いてくれました。そふの絵は高いですから、そふは家族に絵をあげることが好きじゃありませんでした。お金はわるい物だと思っていました。 今私のへやにその絵があります。絵を見る時、そふをおもいだします。

第2位 シンティン・リン (Shing-Ting Lin) 「わすれられない思い出--阿里山にのぼったこと」

第3位 ジャッキー・アン (Jackie Ahn) 「歌を歌う」

「トキトキ」
空気はあついです。前はぜんぶくろくて、何も見えません。
みんな静かで、わたしの心臓 (Heart)の鼓動 (Beat)たけきこえません。
つい(Finally) に時間です。わたしはおもいます
「信じられない、、、わたし、いまなにをするの?」
でもやっぱりじかんはだれもまたないです。
ギタのおとがスピカからでます。はい。はじまります。もうもどられないです。
わたしはステージのうえにおもいます:「わたしがすっとまていたしゅんかんだろう!だいじょぶ!たのしんでみましょう〜!!」
ドラム
ベース
ギタ
キボート
バンドのみんなはじぶんのかっき(Instrument) でおんがくをかきます。
そしてわたしはそのおんがくをはいけん(Background) にしてうたいます、、、


私 のじんせいのいちばんだいせつなしゅんかんはステージの上にけいけんしました。きょねんのはる、わたしはKSA CULTURE SHOWのためにうたを うたいました。わたしはことものときからずっとうたをうたっていましたが、CULTURE SHOWのステージははじめてひとりでうたいました。このしゅんかん、まあ、せつめいすることがてきないしあわせをわたしわこの3分にかんじました。わた しをつつみこむ(to embrace)しょうめいやみんなのかんせい、、
ぜんぶわすれないです。
いまは、ほんとにたいせつなきおくのかけらです。

入賞(にゅうしょう) オリビヤ・シー (Olivia Shih) 「ほしいせいかつ」

 

入賞 (にゅうしょう)ダニエル・デシモーヌ (Daniel De Simone) 「Big Mike vs. Big Boss Osaka」

むかしむかし、2003年から2006年まで、大阪にすんでいました。私は NOVA の先生でした。2004年の冬休みの前に、このおもしろい話が起きました。でも、この話はちょっとこわいですから、聞くときにきをつけてください。 

2004年の12月のおわりに私と私の友達はぼうねんかいがありました。フィリピンのクラブに行って、ダンスしたりビールを飲んだりしました。このクラブのマスター、ロイさんは私の友達でした。ロイさんはとても大きくてしん切なフィリピン人ですが、ときどきちょっとこわそうでした。みんなたのしんでいました。私はクラブのバーにいって、ピンクのセーターをきている男の人のとなりにすわりました。私たちははなしをはじめました。その人は英語で「 I AM BIG BOSS OSAKA 」といいました。わたしは「ほんとうですか」といいました。「はい、  BIG BOSS OSAKA 」もういちどいいました。 H mmmm、おもしろいとおもいました。わたしたちはいっしょに話してから、私は友達のところに帰りました。 

これから、この話はあぶなくなります。私のアメリカのともだち、 BIG MIKE もそのパーティーにいました。 BIG MIKE はちょっとでぶですから、そのニックネームをつかいました。 BIG MIKE はシャイでしんせつな人ですが、よっぱらったら、ばかですけべになります。そのとき BIG MIKE はとてもよっぱらっていました。

BIG MIKE は BIG BOSS OSAKA といっしょにきた女の人と話したかったですが、その女の人は BIG MIKE があまり好きじゃなかったです。すぐ、 BIG BOSS OSAKA はおこりました。そしてその二人はけんかしました。私たちの友達の中で私だけそのけんかを見ました。その二人がけんかしているところにいきました。だけどつく前に、 BIG BOSS OSAKA は BIG MIKE をパンチしました! BIG MIKE はめちゃよわくて、パンチ一つだけでたおれました!私はびっくりしました! BIG BOSS OSAKA とそのひとの友達はいそいでバーをでました。 BIG MIKE はしにそうでした。それから BIG MIKE のちはシャツやかおや私の手にありました。

私の女の友達はとてもこわいとおもっていました。「 BIG MIKE をびょういんに つれていかなければなりません」といいました。 BIG MIKE はおきることができませんでしたから、ロイさんはきゅうきゅうしゃをよびました。 

びょういんで、いしゃは「 BIG MIKE はここにとまらなければなりません」と いいました。そして IV をいれたり、カテーテルをいれたりしたりしました。でも、つぎのひ、 BIG MIKE はひこうきでアメリカにかえらなければなりません でした!私たちはどうしようかなとおもいました。でも、わたしたちはねむかったですから、すぐ帰りました。かわいそうな BIG MIKE !

つぎのひ、 BIG MIKE はびょういんのベッドでおきました。とてもびっくりしました。じぶんで IV とカテーテルとって、うちに帰りました。それから、いそいでくうこうにいって、ひこうきにのりました。がんばりました! 

BIG MIKE 、おさけをのむときにきをつけてください! 

FINAL SCORE: BIG BOSS OSAKA: 1

BIG MIKE: 0


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