Columbia University Japanese Language Program

2nd Year Japanese Kamishibai Contest 2010 2年生かみしばいコンテスト2010

第1位 ジョセフ・シャイヤー (Joseph Scheier-Dolberg)「ネズちゃん物語」

第2位 ジャック・ウィルソン (Jack Wilson)「空腹物語」

第3位 トレイシー・タイ (Tracy Thai)「豆」

第4位 ティアンジャオ・ユー (Tianjiao Yu)「緑りんご物語」

第1位ジョセフ・シャイヤー (Joseph Scheier-Dolberg)「ネズちゃん物語」 

昔々、エンパイア・ステート・ビルディングに住んでいる鼠がいました、鼠だったので、ネズちゃんとよ呼ばれていました。ネズちゃんの生活と一般的な鼠の生活は同じでした。毎日毎日エンパイア・ステート・ビルディングのごみから取ってきた食べ物を食べました、例えば、ごみサンドウィッチとかごみバナナと言った食べ物でした。しかし、ネズちゃんは他の鼠と違うこともありました。ネズちゃんは子供の時、メトロポリタン美術館に住んでいました。その時、ある夜、美術館のギャラリーで歩いていた時、有名な中国の書道の作品を見かけました。びっくりして、“美しいなあ!”と言いました。

その日から、ネズちゃんは書道を練習しはじめました。


毎日毎日書道をするようにしていました。中国の歴史の一番有名な書道家の名前は王羲之と言いましたが、

 

王羲之の最も大切な書道は蘭亭序と呼ばれていました。ネズちゃんは王羲之が大好きだったため、毎朝エンパイア・ステート・ビルディングの上で、王羲之のきれいな蘭亭序を書いていました。年がたつにつれ、ネズちゃんは書道をかくのが上手になったのに、はずかしかったから、友達にも家族にもみせませんでした。毎年春の時、メトロポリタン美術館に中国書道のコンペティションが有ったけれど、ネズちゃんは決して参加しないで書道を練習しつづけました。

ある日、ネズちゃんは早く起きました。コーヒーを飲んだり、ごみベーグルを食べたりした後で、日が昇る時、エンパイア・ステート・ビルディングのうえで、外で王羲之の蘭亭序を書きました。書き終わった時、急に大きな風が吹いて、ネズちゃんが書いた蘭亭序がひらひらメトロポリタン美術館にとんでいきました。美術館に勤めていた人はネズちゃんの書道を見つけた時、びっくりしました、この書道はコンペティションの中で一番美しい書道だと思いました。でも、ネズちゃんとだけ書いてあったから、美術館の人はだれが書いたか分かりませんでした。

次の日、ネズちゃんは早く起きて、コーヒーを飲んだり、ごみベーグルを食べたり、ごみ新聞を読んだりした時、自分の書道の写真を見ました、それから美術館のコンペティションについての作文を見ました。びっくりしました!新聞によると、ネズちゃんは一番いい書道を書いたそうです、美術館のひとがネズちゃんと呼ばれていた人をさがしていました。ネズちゃんがメトロポリタン美術館に行った時美術館の人がびっくりして、にこにこしてネズちゃんにおめでとううございますと言いました。


たいてい、一番いい書道を書いた人には、お金がおくられましたが、ネズちゃんが鼠だったので、一年のごみがおくられました。ごみを見た時、ネズちゃんはとてもうれしかったです。それから、ネズちゃんははずかしがらないで、だれにでも自分の書道を見せるようになりました。

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二年生 第2位 ジャック・ウィルソン (Jack Wilson)「空腹物語」

昔々、町田という男の子がいました。町田さんの一番の友達は川村さんでした。町田さんと川村さんはいい男の子でしたが、一緒にいた時、いつも面倒なことになりました。

ある日、男の子達は公園で遊んでいる時、年をとった男に会いました。その人は大きなめがねをかけて、古いスーツを着て、長くて白い髪がありました。ちょっと気が変みたいです。「初めまして、先生です」と言いました。町田さんは、「町田と申します。よろしくお願いします。どんな先生ですか?」と聞きました。「料理をする先生です。子供たちはおなかがすいているそうですねえ。家に来れば、晩ご飯を作ってあげますよ」と言いました。町田さんと川村さんは「いいえ」と答えましたが、こわがっているようにみられたくなくて、先生の家に行きました。


先生の家に着いた時に、川村さんは家の前でいっぱい男の子の服を見ました。「だれの服ですか?」と聞きました。「はい、私の服です。昨日、洗濯して、お湯を使って服が小さくなってしまいました。こわがらないで下さいね」川村さんと町田さんはこわくなって、どちらも男の子達は家を出ようと思いましたが、二人で一緒にいるから家を出ませんでした。その後で、先生は晩ご飯を作り始めました。たまねぎを切ったり、ラーメンを作ったりしました。先生は「男の子の汗のラーメンはまだ終わりません。最後の材料は男の子の汗ですよ。町田さん、川村さん、料理を作るために男のたちがなべに入らなければなりません。二、三分ぐらいだけですからね。どうぞ、こわがらないで下さい」

    それを聞いて男達は先生から逃げたかったけれど、また一緒にいるから鍋に入ってしまいました。鍋の中はお湯が熱すぎて、男の子達の体が痛くて、とてもこわくなって・・・でもまだなべを出ませんでした。先生は「もっといい男の子の汗のラーメンを作るために、なべぶたを閉めなければなりませんよ。さよなら!」先生はなべぶたを閉めてしまいました。
    その後で、だれも川村さんと町田さんを見ませんでしたが、先生の家の前に新しい服がありました・・・。
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二年生 第3位 トレイシー・タイ (Tracy Thai)「豆」

昔々、頭がよくもバカでもない金魚がいました。その金魚は同じ顔がある兄弟が何ぴきもいるから、兄弟の名前を忘れることがありました。でも、兄弟の中でその金魚は一番小さかったので、皆さんに“豆”とよばれて、いじめられました。悲しい豆はいつも”どうしたらいいの?皆がおおきくて、せんぱいなので、けんかするわけには行きません”と思いました。






ある日、豆が住んでいる店にペットを買いたい人間のふうふがいました。ふうふは男の子がいました。息子はこいぬばかりが欲しいですが ねずみとか金魚といったペットが安いので両親は他のペットのほうが買いたかったです。”金魚が育てやすい”と考えていました。それから、ゆっくり寝る豆がうられました。犬といったペットをもらうはずだと考えた男の子はびっくりしておこって、”金魚なんて?”と思いました。それで、かれは金魚をトイレの中にながしてしまいました。

皆さんはまめがしんだと思うでしょう?


しかし、ながれているあいだ、ぐうぐうと豆はねました。起きると、くらい場所にいるので”どこにいる?”と思いました。きょろきょろしたけれど豆は知らない場所で兄弟が見つかりませんでした。けれど、へんな音がしました。”ゴロゴロ” かれは音を聞いたので、こわくなりしました。”金魚の神様、手つだってください!!どうしようかな???世界を見たことがないし、まだ 兄弟に勝っていないし、まだ大きくなっていないし。。。僕はあまりにも死ぬには若いですよ!”

それでも、豆は変な音の方へいくことにしました。”だれかに会うと、ぼくは死にたくなくなるのではないだろうか。僕は大きくも頭がよくもなくて、一番小さい金魚なのに、ゆうきがある。英語の歌を聞いたことがあるので ’I will survive’というモットはいま僕の生きているモットだと思いました. そのとき、場所が明るくなってきました。 うきうきしている豆がはやく光の方へ泳ぐと、とつぜん、人間の手のように見えました。豆が起きている間に ペット店のとなりの家で、はいかんこうがこわれたくだをなおしました。


最後に、豆ははいかんこうにたすけられて、ペット店に帰れました。彼のぼうけんは終わったけれど、けががありました。聞いた後で兄弟はかんしんをして、”すごい”とおもって、いじめませんでした。年を取るにつれ、豆はおおきくなったので、しあいに勝ったり、世界をみたりして、いろいろなことをしている間に、しあわせになりました。


終わり


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二年生 第4位 ティアンジャオ・ユー (Tianjiao Yu)「緑りんご物語」

    昔々、世界中の全部のりんごは赤かったです。ほかに色がありませんでした。でも、あるところにひとつだけ緑のみんごが普通の木に育って、近くのりんごと違って、ほとんど見ていた人や虫がいなくて、異常とみなされていました。緑のため、鳥が木の上を飛ぶたびに「緑ちゃん!」と呼ぶと、緑のりんごはうれしそうに答えていました。でも、実は夏が終わって、冬が近づくにつれ、緑のりんごはほかの赤いりんごのような家にもらわれると思っていて、子供の頃母と楽しいことをしたのを思い出して、泣き出すことさえありました。ある日、緑のりんごはここでは何もできない、だれにも愛されない、幸せもありえないと考えて、地面にとぶばかりでした。そして、一人で旅行を始めました。そうした思いを持ち続けるとともに、いろいろな地域を越えて行ったけど、新しいことが見えるようになり、だんだんうれしくなりました。

ある日、たくさんあながある建物が山のふもとにあって、驚きました。緑のりんごは「どうしてこんなものがありますか。風が来たら寒くないですか」と思いながら、そこで人々は忙しそうな顔をして、おもてからぶどうを運んでいました。その時、小さい草は「りんごさんはわからないようですね。みんな知っているんじゃないですか。あれはぶどう乾という食べ物がなるところです。あなを通して、風が入って、温度が昼と夜と違って、甘いものが増えるほどです」と緑のりんごに言いました。おかげで、緑のりんごはあなはこわいわけじゃないことがわかりました。

一週間後で、緑のりんごは都会に来ました。道の両側に大きい看板があって、うさぎがクマと手をつないで笑っていました。少し遠いところで黒いうさぎは白いうさぎを探して、恋をしたかったです。緑のりんごは「うさぎはSuper Starになって、私も・・・」と思って、看板に近づくにつれ、その内容がよく見えるようになりました。うさぎの名前は・・・名前は・・・Miffyで、「Miffy Muffin」と「Miffy Match」という広告がありました。

緑のりんごはただそう驚いたばかりでなく、はやく自分の広告も書いて、それは「みどりのりんごd」というものでした。みなさんはすぐ広告を見て、「緑の音楽時代?」、「雑誌ですか?」、「買いたいですねえ」と言いました。緑のりんごは本当にうれしかったです。200年後に歳時記にこの雑誌が記録されました。

ある日、緑のりんごは初めて海を見ました。何も言わないで、静かに海を見ていました。その時、夕日が海をてらして、急に緑のりんごは周囲のいろいろなものの色が変わることを発見しました。「へえ、私の足は赤い・・・いいえ、金色です」と言いながら、自分の色を始め、いろいろなことを考え直しました。最後に、緑のりんごは「複雑だ!でも、何色かはぜんぜん大切じゃありませんよ!」と思って、海の中へ泳いでいきました。

 

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