わたしは昔、冬が大好きでした。毎年、雪の中で遊ぶことがとてもたのしみでした。わたしが四さいぐらいの時に、おとうとが生まれました。おとうとが小さかったころは、雪あそびがとてもたのしかったです。ミシガンはたくさん雪がふったり、つもったりしましたから、わたしがおとうとのために道を作らなければなりませんでした。雪はわたしのあごあたりまでつもりましたから、とても大へんでしたが、わたしとおとうとはとても背が低かったので、イグルーや雪のしろを 作ることがとてもかんたんでしたから、たくさん作ることができました。
今のわたしはあまり冬や雪が好きじゃありません。昔のように雪はわたしのあごまでつもりませんから、昔のように雪であそぶことができません。冬になって雪がふると、歩きにくくなりますから、今のわたしにとって雪はめいわくです。もうわたしは冬のことが好きじゃありませんが、 わたしの大せつな思い出は冬の思い出です。
高校のとき、しょうらいのゆめをすてました。わたしは悪い学生でした。そして、ともだちも悪い学生でした。毎日悪いことをして、ぜんぜんクラスへいきませんでした。しゅうまつのパーティがいちばん大切だとおもいました。友達も悪いがくせいでしたが、四年生になったら、大学に行きました。でも、わたしはどこへも行きませんでした。じつは、高校をやめました。
高校をやめましたから、十八さいから二十一さいまでレストランではたらきました。でも、にせんきゅう年に高校の友達はをでました。わたしはまだウエイターでした。これから大学へ行かなければならないとおもいました。ですから、にせんきゅう年のなつに朝から晩まではたらきました。なつのおわりにかのじょとニューヨークへいって、アパートを借りて、BMCCにはいりました。
BMCCではじめて勉強して、しゅくだいもしました。おもしろいですね!もっといいせいかつがほしかったから、しゅうまつはぜんぜん出かけませんでした。勉強しかしませんでした。コロンビア大学がニューヨークの中でいちばんすきなだいがくだったから、BMCCをでるまえにコロンビアにもうしこみました。そして、コロンビアにはいりました。しんじられませんでした。
高校のとき、わたしのかぞくは毎日しんぱいしていました。わたしはぜんぜんクラスへいかなかったり、いつもパーティーへ行ったり、学校は大切じゃないとおもっていました。じゅうはっさいのときゆめがありませんでした。ですから、コロンビア大学に入ったことはわたしのいちばんのおもいでです。またゆめをもつことができましたから。
私がはじめてちひろを見たしゅんかんです。
しらない人のために、ちひろは私の犬です。去年の九月に、つまは、会社の人が 私に子犬をくれたといいました。つまはどうぶつのびょういんではたらいています。つまのともだちは、子犬をどうぶつのびょういんにつれてきました。
あとで、おなじ日に、私はどうぶつのびょういんへ子犬にあいに行きました。私がはじめて子犬を見た時、このいぬがだいすきでしたから、とてもしずかになりました。話すことができませんでした。つまは私に「どうしましたか」とききました。やっとこたえることができました。「だいじょうぶですよ」といいました。私はこの子犬とこころがかよいました。とてもきれいなしゅんかんでした。
私は みやざきの映画がとてもすきです。みやざきの映画の中で、「せんとちひろのかみかくし」がいちばんいい映画だと思いますから、私が犬にあげた名前はちひろです。
ちひろは、ジャックラッセルとポメラニアンのこんごうです。しんせつだし、 たのしいし、それでみんなににんきがあります。そして、いろが黒くて小さいです。このくらいです。三キログラムぐらいあります。ちひろはとてもきれいな犬です。いま、私たちはほんとうにいい友達になりました。毎日いっしょにこうえんをさんぽします。ちひろのしゅみはトリックをすることです。たとえば、私が 「くしゃみをしてください」というと、ちひろはくしゃみをします。すごいです。 とても上手ですよ。この犬はあたまがいいし、かわいいし、それにすばらしい犬です。
ちひろがいるから、わたしはしあわせになりました。ちひろはただの犬じゃありません。一ばんいい友達です。
わたしは二十八年の思い出をもっています。良い思いでと悪い思い出がたくさんあります。そして、いちばん好きな思い出をえらぶことができません。でも、私の大好きな思い出は小さくて、よそうがいのけいけんです。多くのばあい、悪いけいけんは良いけいけんになりました。それらは私の大好きな思い出です。
数年前に、私は兄と一緒に仕事でケンタッキーからニューヨークまでトラックを運転していました。ウエストバージニアでエンジンのもんだいがおきました。私はつぎのこうそくどうろの出口で車をとめました。エンジンをしらべたら、ラジエーターにリークがありました。それで、水が入りました。でも、私達はへんぴなところにいました。そして、けいたいでんわサービスはありませんでした。私は「たいへんだよ!」と言いました。でも、兄は「しかたがない」と言いました。私達はわらいました。それから、歩きはじめました。しばらく行くと、しゅうのこうえんがありました。そこに、水がありました、でも、車にもどる前に、こうえんが見たかったです。とてもきれいでした。道の終わりにがけがありました。私達は山のちょうじょうにいました。すごかったです。わしが、きょうだいなもりと、長いかわの上、そして、私達の下をとんでいました。もし、車のトラブルがなかったら、いちばんききれいなところを見ることはありませんでした。
私は二十八年の思い出を持っています。そして、すべての思い出を楽しみます。どうもありがとうございます。
高校を出た時、こどもじゃなくなりました。大学にはいらなければなりません。はたらかなければなりません。「たのしいことをすることができますか」とおもいました。わかりませんでした。そつぎょうしき。「おわりだ」とおもいました。学校のおわり、たのしいときのおわり。友達に「さようなら」といわなければなりません。でも、それはいいとおもいました。大学で好きなものを勉強することができます。大学でぶつりがくのけんきゅうしゃになることができます。そつぎょうしきはあまりおもしろくありませんでしたが、しきのおわりみなさんは「おめでとうございます!!」といいました。私はちょっとうれしかったです。しんぱいしなくてもいいとおもいました。大学の勉強はむずかしいですが、これは私が私に作ったせいかつです。高校を出てから私のほんとうのせいかつがはまじまりました。